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●もちろんこのようなことは以前にあったことだ。ところが今回がいままでのものと違うのは、新しい反ユダヤ主義がネオ・ナチのような白人至上主義者によって扇動されたものではないということだ。

●ヨーロッパの多くの人々が直面したくない不都合な真実は、今回の反ユダヤ主義に向かう嫌悪感は、ヨーロッパに住むイスラム系の人々から発生しているということだ。

●つい最近までドイツはこのようなトレンドについてあまり積極的に議論しようとはしていない。ドイツ人たちはイスラム教徒たちの反ユダヤ主義を「オリジナル」のバージョンよりも問題が少ないものだとみなしており、社会の多数の人々は気にもかけていなかった。

●ところがドイツの警察が気付き始めたのは、近年に入ってからアラブ系やトルコ系の移民の子孫が反ユダヤ的な行為をして逮捕される数が劇的に増えてきつつあるということだ。しかもその数はここ数ヶ月間でとくに上昇しているという。

●移民の学生たちの間で反ユダヤ主義が急激に上昇している警戒すべき傾向に気付いたドイツ政府は、ホロコースト教育に特別財源をつけて強化することを検討している。

●もちろん反ユダヤ主義はヨーロッパのイスラム系の人々だけに由来するものではないし、今日それを推進しているのは彼らだけではない。伝統的な極右の反ユダヤ主義は生きている。また、極左の反ユダヤ主義は、パレスチナの自由を求める戦いに同情する心情の副産物として存在する。

●また中道派の人々にも、反米主義や反資本主義に沿ったかたちで反ユダヤ主義が存在する。

●ところがイスラム系の反ユダヤ主義の台頭は、ドイツにおける最近の憎しみのトーンの変化によるものだ。つい最近まで、この国の反ユダヤ主義はほぼ間接的な匿名的なものであった。

●そのような主張は、夜中に壁に落書きされる程度で、昼間にだれかが堂々と反ユダヤ主義を叫ぶの聞くことはなかったのだ。

●ところが七月にベルリンで行われたデモでは参加者たちが「ユダヤ人たちをガス室に送れ!」、「臆病な豚のユダヤ人たちよ、一人で出て来て戦ってみろ!」と叫んでいたのである。しかも彼らは、これをホロコースト記念館のすぐそばで行っていたのだ。

● これはいままでのものと大きな違いを見せている。最近の反ユダヤ主義は、単に情熱的なものだけでなく、ドイツの特殊な歴史事情にも関係なく行なわれているものだからだ。

●私のイスラム系の友人に話を聞いてみると、私はそれらが「犠牲者の立場を利用したもの」であるという感想を禁じ得ない。この感覚は、ヨーロッパのイスラム系のあまりにも多くの人々が熱心に主張している「不利な立場にある」という鬱屈した感情なのだ。

●しかもこれは、「人種差別の犠牲者である人たちの持つ、人種差別の引き起こす嫌悪感」という社会科学的な解説では説明が足りない。

●もちろんヨーロッパではイスラム系に対する差別や排斥が存在するし、彼らの多くがそれを不満に感じるだけの理由も確実にある。ところがこのような感情は複雑であり、彼ら自身が自分たちや近所の人々のことをどのように感じるかというだけでなく、自分たちと国の関係についてどのように感じるかという点にも関係してくるのだ。

●これには二つの段階がある。まず移民たちにとってドイツの歴史は「私の歴史」ではない。そして私はあなたの国家には完全に属しているわけじゃないので、あなたたちの責任問題には関係ないですよ、ということなのだ。

●両親がトルコ出身の私の友人の一人が私に教えてくれたのは、ドイツの学校でホロコーストを教わったときに、自分の身には全く関係のないことだと感じたという。ブロンドの髪を持っているが、一九七三年に生まれた自分のような人間についても、これはまったく同じ感想だ。

●ここで重要なのは、それが個人的な問題ではないということだ。われわれの血の中にはないが、われわれの歴史の中にあり、その中に移民たちも合流しつつあるということだ。

●ドイツ人にとって、ホロコーストの責任を受け入れるということは、そのおぞましい記憶を他のどの国民よりも生かし続けるということであり、その理由は単純にそのような犯罪がわれわれの住む土地から発生したということだからだ。

●それだけの話なのだが、少くともこの事実はこの国のすべての国民に自覚してもらうべきことであり、それはその人々の両親がどこから来たのかということに関係がない

●今年の夏に明確になったのは、「古い」ドイツ人たちはこのメッセージを「新しい」ドイツ人たち全員にうまく浸透させきっていないということだ。

●もちろん感情的にはこれは理解できるものだ。先祖代々のドイツ人たちは実際にナチスに属していた家族を持っていたのであり、その事実を他人にどのように受け取られるのかについて気にしなければならない状態が続いているからだ。

●ところがホロコーストの教訓は人類の教訓でもある。そしてこれはすべてのドイツ人がいつでもどこでも明確にしなければならないことであり、しかもそれは親がどこから来たのかという点においても関係なく行なわれるべきことなのだ。
ponderation:

France - Pont d’Espagne by Grégoire Sieuw

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France - Pont d’Espagne by Grégoire Sieuw

FCバルセロナがカタルーニャの象徴なのはおかしくない
おかしいのは日本のクレヨンしんちゃんが(一部で)カタルーニャ独立の旗印になっていること


445 名前:名無しの愉しみ[sage] 投稿日:2014/09/18(木) 01:14:43.70 ID:???
»444
これ日本人にとっては不思議に思えるけど、色々と複雑な事情があるんだよ

アメリカ式の自由なテレビ放送を受け入れた日本と違ってヨーロッパはテレビ放送が長らく国営に限られてた
80年代に入ってから次第に民放チャンネルが出来てきたんだけど、
番組を自作する力が無い上にアメリカ製の良コンテンツは国営放送が独占していて、契約料も高くて手を出す余地が無かった
そこで当時放送事業に進出し始めていた、イタリアのあのベルルスコーニが目をつけたのが日本のアニメ番組
契約料が安いしアメリカの作品並に質も高かったから

その後ベルルスコーニが他のヨーロッパ諸国の放送局も買収してイタリアでの日本アニメ成功の流れが波及して、
フランスやスペインでも日本アニメがどんどん放送されて人気を得るようになる
その中でスペインでは立場の弱い地方局が日本アニメを積極的に買い付けて地方言語に吹き替えるようになって、
結果としてフランコの独裁政権下で追いやられていた地方言語の復権に部分的に寄与した
言語の継承において一番大切なのは子供に受け継いでいくことだからね

だから子供の頃日本アニメの吹き替えで自民族の言葉に親しんだ世代にとって、
クレヨンしんちゃんら日本のアニメキャラはナショナリズムと密接に結びついてる
外国製のキャラクターがシンボルになってるのは本当に奇妙だけどね

去年同じスペインのバレンシア州で地元テレビ局が強制的に閉局された際に起きたデモでも
「私たちは悟空からバレンシア語を教わった」とドラゴンボールの悟空の絵を掲げている人達がいた

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